笠間に住んで11年になりますが、
また素敵な出会いがありました。
蓄音機と言えば、ビクターのトレードマークを思い出します。耳だけ濃茶の白い犬が、いとおしむように蓄音機のラッパに向き合い、
その下にはhis master’s voiceの文字。
先日、Hさんという蓄音機の収集家にお会いしました。
所有する最も古い蓄音機は、
1900年頃の米エジソン社の蝋管(ろうかん)蓄音機で、
ラッパは金属製のメガホン型。現在でも当時のレコードを再生します。
そもそも蓄音機は、
速記の代用(命令の伝達)として発明されました。
1877年(明治10年)、トーマス・エジソンが、
音を録音・再生できる「蓄音機」を発明。
銅製の円筒(シリンダー)に錫箔を巻き付けたものを手で回転させ、
錫箔の溝の深さを音の強さに応じて変化させることにより音を記録。
この溝を針で再びたどらせることにより、音を再生。
この世界最初の録音・再生機を
フォノグラフPhonographと名づけて発表しました。
(今でもこの蓄音機は現役)
英国で円盤に録音されるようになってからは、
音楽にも使うようになり、飛躍的に普及。
蓄音する媒体は
「蝋管」(ろうかんー録音時間2分)・「セルロイド」(4分)からレコードへ。
レコードの材質も、石の粉から、シェラック(貝殻)、カーボンへと変化。
レコード針 (左から) 竹・サボテンのトゲ・鉄
針は、竹(使い切り)・サボテンのトゲ・鉄(150グラム)・
サファイア(10グラム)へと変遷し、レコード盤を傷めにくくなりました。
ラッパ部分は、
エンジニアの感性により、金属・木・紙が使用されています。
初期のエジソン蓄音機はラッパ型で、その後ラッパの先が広がり、
より大きな音が出るようになったとのこと。
大正時代の録音は、マイク・アンプがないため、ラッパの前で吹き込みました。
後年、ラッパが中に入った家具のような蓄音機
「クレデンザ」が発明されました。
「クレデンズ」(イタリア語で家具の意)からの命名。
クレデンザ(米)は、ベル研究所が特許取得し、
ビクターがそれを買い取って商品化し、
現在では、蓄音機のフラグシップモデル(代表的モデル)です。
Hさんが音楽好きになったのは、高校1年の頃(昭和24年)。
当時の言い方で言えば「肺病」(結核)で4か月休学中、
ラジオを聞いたのがきっかけでした。昭和30年代には、 秋葉原で部品を買って、
電蓄(電気蓄音機)作りに熱中。
作り方は、無線クラブで覚え、当時の給料(6000円)の3か月分を使って。
昭和30年に組立てた電蓄の、アンプは真空管、中はハンダ付け。
20時間もつサファイア針で、SPレコード(78回転)を繰り返し聞きました。
真空管は水銀を使うため、作る国が減りましたが、
ロシア・中国・チェコでは生産が続いています。
蓄音機自体は、昭和25年以降作られなくなりました。
(つづく)
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